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 26. 企業とは、拡大することよりも続くことの方が大切

さて、先日とある新聞社からインタビュー取材を受けました。最近は良い意味で内向きの仕事ばかりをこなしてきたので、良い気分転換となりました。

今回は、インタビュー取材のテーマそのものが私の今現在、頭に思い描いている課題だったこともあり、取材を受けることで話しながら考えるという手法を実践してみたかったのです。そのテーマとは、「企業の社会的責任」についてでした。

約10年前、「会社は一体誰のものか?」という議論がマスメディアで流行ったことがありました。そもそもの元ネタは、東京大学の岩井克人氏の本がこの関連であり、岩井氏はかなり有名になりました。岩井氏の議論に限らず、当時行われた議論を今思い起こしても、どうしても拭えない疑問点が私の胸の中にあったのです。

それは、「会社は株主のもの」「いや、会社は従業員のもの」という議論でしたが、当時の議論ではこの2つの両極端な軸をめぐって行われていただけでした。

創業経営者からすれば、本音を言うと「会社は創業経営者のもの。それ以外では絶対にあり得ない」ということになりますが、この議論が行われた2006年頃というのは村上ファンドや元ライブドアのホリエモンが肩で風を切っていた時代でした。下手なことを言うと知らぬ間に株を買い占められてしまうので、創業経営者たちはなりを潜めていたように記憶しています。

多勢に無勢ではありませんが、創業経営者としては名も知らない株主よりかは、遥かに知っている従業員の中に埋もれてみることによって、とりあえずの保身をはかっていたように思います。しかし、「この2つの軸だけで本当に議論は足りるのか?」というのが私の胸の中で拭えきれない疑問点だったのです。

なぜなら、この2つの軸だけに焦点を絞るということは、企業が行っている事業は何であれ、その結果として「得られた利益=分け前の配分」にだけ議論が絞り込むことを意味しているからです。

やはり、経営者の立場から言うと、非常なる違和感を強く感じてしまいます。なぜなら、企業が存続するのは顧客が抱く何らかのニーズに合致した価値を継続して提供できる場合のみだからです。それによって得る対価の分配が誰の間でされるかという問題よりも大切なのは、企業は有意な価値を生む存在という点です。

ここで「株主」「従業員(+経営者)」という2つの軸ではもはや議論できなくなるよう本当の主人公が登場することになります。それは顧客です。語学スクールでいえば生徒、さらに大きくいえば、潜在的な顧客も含め、俗な言葉でいう世間様そのものであることが分かります。

私が思うにこの意味の企業とは、それが存続している以上、世間様から認められ続ける価値を創出し続けているのであって、これこそが企業の社会的責任そのものを果たしている行為なのではないのでしょうか。しかし、そんなことを言ってしまうと、すべての企業が社会的責任で100点満点ということになってしまいます。

ただし、一点だけ言うなら、大切なのは現在も未来も存続している企業だけということです。つまり、たとえ一時的に大量の利益は稼ぎ出すとしても、存続を前提にせず、都合が悪くなれば「法的に認められている」と倒産に踏み切る企業はこのカテゴリーには入れてはいけません。

世間様、つまり社会の存続そのものを成立させるために活動するからこそ、存続する企業は新たな価値を生み出していると認知され、顧客に支えられるのです。したがって、そこでのキーワードは「拡大すること」ではなく「続くこと」になります。

そしてもう一つ、企業の社会的責任というと、どこか遠くの国で絶滅に瀕している動物を助けたり、あるいは飢餓に瀕している可哀そうな子供たちを助けることだとイメージしがちです。このことに対して、日本で生活する私としては違和感を感じてしまいます。

なぜなら、問題は海外にあるのではなく、私たちの暮らしている日本そのものに山積しているからです。山積する国内問題にこそ企業は真正面から取り組むべきだと思います。なぜなら、そうすることによって初めて世間様がこれからも存続することが可能になってくるからです。

しかし、このことは意外に私たち日本人にとって難しいことなのかもしれません。なぜなら、そもそも欧米式の企業システムである株式会社というシステムの根幹にあるのは宗教的確信だからです。これは経営学の教科書で、「ビジョン」と言い換えられています。しかし、これでは意味がよく分かりません。

大切なのは特定の宗教的確信、つまり「魂の救済のため、世間様がこうなって欲しい、こうあるよう願いたい」とする気持ちです。宗教によってそれぞれ定式化されたメッセージはありますが、大切なのはこれくらい深い、哲学的な確信が欧米式企業システムの根幹にはあります。

一方、日本には事実の問題として多数の宗教が存在し、その信徒の方々が暮らしています。しかし、欧米のキリスト教のような存在ではまったくありません。つまり、多くの日本人にとって宗教的確信とは非常に縁遠いものだということが分かります。

それなのに日本は、1980年代にすでに世界でも随一の豊かな企業経済を創り出してしまったというわけです。ここに日本に課された人類史的な矛盾があります。なぜなら、私たち日本人が持続可能性を目指す企業と世間様との関係の構築に成功するなら、それは宗派を問わず適用が可能なはずであり、言ってみれば、世界中の人類に適用することができるビジネスモデルになるべきものだからです。

第二次世界大戦後、打ちひしがれ、それでも未来を目指す日本の多くの知識人たちはキリスト教に入信しました。しかし皮肉なもので、今になって宗教的確信の無き土壌にこれまでとは全く違う企業という存在を創り上げるというとてつもない人類史的課題を課されることになったわけです。日本人は組織に依存したり、あるいは猿まねをするだけで、これ以上お茶を濁すことができなくなりました。

その意味で、日本は最後に選ばれた存在として、世界から注目されるようになっています。今回のインタビューの最後に私はそう言ったのです。嬉しいことに、最初は怪しく聞いていた新聞記者が最後は頷いてくれていました。

さて、読者の皆さん、そろそろ私たちに課された本当の宿題をこなす時が来ています。今はきっとその時なのです。

25. 自責思考・他責思考の4つの違い

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27.経営者(リーダー)と社員(フォロワー)との間の埋められない溝