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日本に住む若者(若い友人たち)に伝えたいこと。

 

 1.日本に住む若者(若い友人たち)に伝えたいこと

まずは情報の洪水のようなインターネットの世界からこのサイトを選び、最初のページを開いてくれて本当にありがとうございます。このサイトの一体どこが気になりましたか?英会話スクールのスタッフ求人に興味を惹かれましたか?Webデザイナーとはどのような仕事か知りたかったのでしょうか?それとも、アトラス株式会社自体に興味がありましたか?

どちらにしても私にとってはとても嬉しいことです。なぜなら、このコラムは日本に暮らす若者一人でも読んでもらいたいコラムだからです。そしてほんの少しの間、立ち止まって考えてもらいたいのです。

「これから一体何が起きるのだろう。私たちはどうなっていくのだろう」

実のところ、7歳で単身渡米した私は、日本国内ではまともに教育を受けた記憶がありません。しかし、その後、27歳で日本に帰国した時、アメリカで学生から大人になっていくにつれ直面した現実はまったく違いました。

1995年、私はカリフォルニア大学3年生の時に会社を創業しましたのでいわゆる就活をしたことがありません。そして、日本に帰国した2000年に日本法人を創業し、27歳の時に出会った同年代や年下の日本人の総スカンにあいました。いわゆる「山一證券」や「北海道拓殖銀行」が破綻したのが1998年ですが、その直後、世間の大人たちは徐々に気づき始めたのです。「本当にバブルは終わったのだ」ということをです。

そのため、当時を思うと日本社会では何かがくすぶり始めていました。今思い出すと不満や苛立ちを、大人たちは就活でやってくる新卒者にハラスメントという形でぶつけていたのです。ちょうど就職氷河期と呼ばれた時期でもあり、立場上文句を言えない当時の若者は、アメリカから来たばかりの無邪気な私に反撃したのでした。その怒りが最後には「がっかり感」になっていったのです。

私の場合、1度目は1980~1988年、そして2度目は1991~2000年にわたってアメリカで暮らし、ある意味、日本的なものから隔離されていたため、そうした変化にはっきりと気づくことができたのかもしれません。2000年、意気揚々と日本へと帰ってきた私はまずたまらない違和感に襲われました。

日本の大人という大人が全員、IT企業やら時価総額経営やらMBAなどという言葉に翻弄されていたことでした。特に20代後半の都会のサラリーマンは狂ったように「やっぱりアメリカに留学してMBAだろう」と我先に動き、競っていました。

「何をバカなことを言っているんだ。俺はそのアメリカの一流大学であんなに勉強して、しかも苦労してMBAを取得して、シリコンバレーで会社を経営していたんだ。なんで俺には就職口がないんだ?なぜ中卒以下の扱いをするんだ。どうかしてるよ、日本人。」

2000年の帰国当時、私はたまらない怒りを覚えていました。そしてどこかしら日本という国に騙されたとも思っていました。私は団塊ジュニア世代の生まれです。日本では「受験競争」、アメリカでも受験で「経済競争」と大人たちに追い立てられていました。しかしようやく帰国できたと思ったら、「ごめん、あなたには就職口がないんだよ」と大人たちに言われたわけです。怒らないわけがありません。

INDEX

2.本当のことを知るということ